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冬のクワガタ(4) [空想中野日記]

4.観梅へ

 デートである。昨日、草子さんから電話があった。
「なんで、番号を」少々面食らって聞くと
「先週、教えてもらいました。やっぱり覚えてないんですね」
 こういういきさつらしい。どういうわけか、花見の話になり、じゃぁ哲学堂公園で、宮さん花見用の弁当作ってよ、などと盛り上がった。四月じゃ、まだ先だなぁ、とりあえず今どこかに行きたい、草子さんが言い出した。梅も、もうちょっと後だし……蝋梅!蝋梅にしましょう。いい時期でしょ?
 こんな寒い時期はイヤ、とゆかりさんがぬける。宮さんは店があるから、近い所ならいいんだけど、といった具合。
「沢野さんは『それがいい』と大賛成でしたよ」
記憶がないのでふんふんなるほど、とうなずくしかないけれど、賛成に「大」をつけたのは草子さんの創作だろうと思う。
 ともかくデートである。だから、土曜日のこんな時間にもう起きているのだ。
 秩父鉄道の長瀞駅に着いたのは九時半を少し過ぎた頃だった。宝登山頂にある、ろうばい園に行くのである。ゆっくり昼頃到着するように来ればいいものを、こんな時間になったのは、花を観賞するのは午前中の光が一番であり、この時期の午後のねぼけたような光では興ざめだという、草子さんの主張によるものである。そのわりに、ここに来るまでの空いた電車の中では、低山ハイクにしては大きめのリュックを抱えた草子さんは、ぐっすり眠っていた。
 黄色地に「ろうばい園」と、黒く染め抜かれたのぼりを、道の両脇に見ながら、ふもとの神社まで続くまっすぐな参道を歩く。大きな鳥居をくぐりながら
「閑散としてますね。みやげもの屋もみんな開いてないし」と言うと
「すがすがしいでしょ」などと、ゆかりさん同様やはり頓着せず答えるのである。
「沢野さん、こっちですよ」と草子さんが手を振る。
ふもとから山頂までロープウェイで五分だ。どうやら別にある登山道の方を歩きたいらしい。
「ロープウェイ使わないんですか」一応聞いてみる。
「プロセスが大事だから。一時間ほどですよ」と言って笑顔で屈伸などをしている。
見れば出で立ちこそいつもの草子さんだけど、足元はしっかり登山靴を履いていた。
 切り通しの斜面から大きなアカマツの根がのぞく。ドンドンドンと遠くで三発花火があがる。この日は寒気も緩み、風もなく暖かで、歩いているうちにうっすら汗をかいてきた。草子さんが立ち止まり水筒から水を飲む。
「何?なんだろう」
「なんですか?」
「しっ!」言われるままに黙り耳を澄ます。
ギー、ギー、ギー、と軋むような音が聞こえる。すぐ近くだ。ギー、ギー、ギー。
「あっ、これ」朽ちかけた(いや朽ちているのか)大木が、倒れ際にとなりの木によりかかり、そのままになって立っている。風に揺られてギー、ギー、ギー、といくらでも鳴る。
「木も死ぬんですね。当たり前か」
「そうです。人間で言えば大往生を遂げたってとこです」草子さんは、そこでもう一杯水を飲んだ。
「大きいクマ、小さいクマ、テッポー撃ったら、てんでに逃げたー」
突然、草子さんが大声で歌いだす。
「なんですか、それ」
「クマよけ。クマにこっちの存在を教えてるの。クマスズだとなんか頼りなくて」
「クマスズって、登山する人がリュックにつけてる鈴のこと?」
「そう。それから聞かれる前に答えるけど、この歌は今私が作ったの」草子さんはにっこり笑った。
「大きいクマ……」口を「あ」の形に開けたまま草子さんが黙った。左に曲がっていて先の見えない登山道の影から、下山して来た人がひょこっり現れたのだ。
「だいじょうぶですよ。こんなとこにクマなんか出ないでしょ」
「分かってますよ。雰囲気を味わいたかったんです」と、やっぱり笑顔で答えるのだ。
(続)


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コメント 4

はてみ

「この歌は今私が作ったの」、こんな人をよく知っている気がします。
草子さんて魅力的ですね。でも水筒から飲んでいるのは本当にお水?
宝登山はいまでこそ蝋梅で有名ですが、十年以上前に登ったときには、
たしか「梅」見をしたように記憶しています。
by はてみ (2006-01-29 22:38) 

sakamono

>はてみさん
あ、それは知り合いの方ですか。それとも小説?自分もそれと意識せず、どっかから引っ張ってきてるかも...と書いた後から思ってしまいます。それから水筒には酒でも入ってるのでは、と(^ ^;)。魅力的とか言われるとうれしいです。
梅百花園という梅園もあります。そうすると蝋梅園が後からできたってことなのかな?
by sakamono (2006-01-29 23:26) 

はてみ

別に何かのコピーであるという指摘のつもりでは全くなかったので、ご安心を。
草子さんは、現実にいるsakamonoさんの意中の人がモデルなのでは、
と邪推してしまうほど生き生きしていて素敵です(^^)
by はてみ (2006-01-30 02:05) 

sakamono

>はてみさん
昔読んだ江國香織さんの小説に「草子」って出てきたなぁ、と思い出して(全然タイプは違いますが)、してみると今まで読んだ本や会った人(女性に限りません)から無意識に取ってきてるかも、なんて思ってしまったので。もちろん「空想」ですが(^.^)。
by sakamono (2006-01-30 06:20) 

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